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執筆者の写真Roca Misaki

「摩天楼に降る涙」というイベント(4)

更新日:2020年7月10日

 『摩天楼』の覚醒後の立ち絵については(2)でもいろいろ語ったけれど、このバージョンはストーリーの太陽と月の対照もとても印象的だった。

 以下、今回もネタバレ全開で書いていきますのでストーリー未読の方はご注意ください。


 覚醒前の共通ストで見られたのは、今までになく互いを求める気持ちが強くなっていて、こんなに傍にいるのにそれだけではもう満たされない二人の姿だった。そういう「せつなさ」が、幸せなはずのストーリーを雨雲のように覆っていた。姫の視点から見れば、それは真面目で誠実すぎる彼への距離感と寂しさ。カミロさんの視点から見れば、恋愛という感情に支配されてこれまでの自分ではいられなくなってしまいそうな、そのことへの迷いと罪の意識。

 『摩天楼』のカミロさんはおそらく、彼自身の内にある三つの「属性」の間で揺れ動いている。

 一つ目は、好きな女の子を過保護なまでに守り抜こうとする保護者的性格。

 二つ目は、誠実さと節制を重んじる真面目な王子としての自意識。

 そして三つ目は、ただただ愛する女性に触れたい、傍にいたい、そして自分のものにしたいという男性としての本能。

 その3つが次々に姿を現しては入れ替わり、自分自身もどうしていいか分からなくなっている。姫もまた、そんな彼の葛藤に翻弄されながら、そのせつなさを共有している。そんな感じ。


 覚醒後のストーリーは、いずれもその迷いと葛藤を乗り越える話である。

 だけど、その乗り越え方が違う。


 太陽ルートは、ひとことで言えば「調和」。

 覚醒後のストーリーの初っ端で、カミロさんはほとんど無意識のまま、かつ相手の許可もないままに、眠っている姫にキスしてしまうという、(彼の倫理からすれば)「大失態」を犯してしまう。この展開にははっきり言って読んでいる我々の方が度肝を抜かれたわけだけど、でも彼の方は多分、これでいい方に開き直れたのだと思う。

 その後、詳細に語られる「雨の祈り」の儀式で、彼はアルビトロの王子としての役割を完璧なまでにこなし、天までもがそれを祝福するように、雨雲を消し去ってくれた。その後に続くラストまでのシーンはとにかく明るく鮮やかでキラキラしている。ダテンという無機質な大都会を舞台としながら、夕暮れ時に茜色に輝くビルの街の美しさが感動的。

 そんな景色を背景に、しっかりと整理されて伝えられた彼の思いはとても清々しくて潔い。先に挙げた、自己の中で葛藤し続けていた三種の感情を見事に調和させ、そしてどの側面から見ても「大切な相手」であることには変わりない女性に向けることを悟り、「進化」した。

 だからあの立ち絵の彼はとても神聖で、そしてスチルの彼には迷いのない、むしろ自信さえ身に着けたような表情が表れているのだ。


 一方の月ルートのテーマは、「自分自身の『罪』を赦し受け入れる覚悟」だと思う。

 月ルートでは、一度はおさまった雨はまた降りだし、最後まで降り続ける。……まるでそれに濡れてゆく二人に、だから離れられないという言い訳を与え、罪へと誘い込むように。

 とはいえ、そもそも相思相愛の大人の男女である二人にとって、別にそれは罪でもなんでもない。「自然なこと」なのだ。その当たり前のことに実際以上の背徳感を与え、そしてそれゆえに官能的なストーリーにしてしまっているのは、ひとえにカミロさんの真面目で厳格な性格、それだけだ。そこがいいのである。

 再び降りだした雨を避けて部屋へ戻ってきたカミロさんは、やはりもう迷っていない。彼は、潔く受け入れている──これから「罪」を犯そうとする自分を。

 このイベントの主要テーマである、過去の結ばれなかった恋人たちの言い伝えとその理由である「ルール」の本質は、結局は彼ら有翼人の、種の存続の問題にある。天の世界の有翼人たちの、「純血」を守ること。そこに他種族の血を入れないこと。それが数々の悲しい物語を生み出すことになったそもそもの要因だ。だからそれを克服する二人を描くためには、これまでのカミロさんのストーリーではあまり見せなかったところまで踏み込む必要があったのだ。それは必然的な描写に思えた。

 このストーリーのラストで彼は、(今ではもう禁止されていないとはいえ)長らく彼ら種族の「掟」でありつづけた秩序と、彼自身の純潔さやそれを守り続けた倫理観を乗り越える決断をする。そしての覚悟をしっかりと、私たちプレイヤーに見せてくれる。それが本当に素晴らしくて、私はこの摩天楼の月を、彼を好きになった原点である恒常の月ストーリーと並ぶ最高のストーリーだと思っている。というか、恒常月のラストで言うあのセリフが、なんとなくここに繋がっているようにも思える。


 たぶん二人がこの夜に行きつくところは太陽も月も一緒で、最終的には同じ、穏やかな「調和」へと至る道があるのだろう。

 でもその順序が太陽と月では違っていて、天候という要素がそれを象徴し、操り、また演出としての効果も持っている。そういった一切のストーリーを構成する要素が、摩天楼カミロさんのストーリーはとにかく見事にできていた。

 それらの理由を踏まえて私は、『摩天楼』の王子ストーリーは両覚醒セットで読んでこそ真価を発揮するものであり、それゆえに初めての報酬という形での供給だったのかなという気もしている。



 ……と、あまりにも思い入れのありすぎる『摩天楼に降る涙』イベントについて長々と書いてきたけれど、次でそろそろ終わりにしようと思います。つづく。

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